昔、通っていたセッションバーでは、いよいよセッションがシメに近づいてくると、ママから「ホテカリ!」と声がかかる。
私はあのBmから始まり5度を経ながら1音ずつ下降していくイントロのアルペジオを弾き始めます。
コード進行や弾き方にばかり注目して、サビの「Welcome to the Hotel California~」の部分のだけが耳に残ってたので、てっきり心身疲れ果てた男がカリフォルニアのリゾートホテルでマッタリ癒やされて過ごす曲だと勝手にイメージし、そんな心境に浸りながら弾いていました。
ある日、雑誌に「ホテル・カリフォルニアの歌詞には隠しメッセージが有り、『ドラッグ中毒』や『精神病院』等をイメージさせる不気味な内容、二度とそれまでと同じように軽くは聞けなくなった」という記事を目にし、そこで初めて歌詞全体に目を通し、曲の背景などについて調べたのを覚えています。
Colitas(コリタス)というスラング
『Hotel California(ホテル・カリフォルニア)』、1976年にリリースされたイーグルスの代表曲であり、ビルボード誌全米チャート第1位を記録したアメリカン・ロック史上に残る不朽の名曲と言っても良いでしょう。
まず歌はこんな情景から始まります。
On a dark desert highway, cool wind in my hair(暗い砂漠の高速道路、涼しい風が髪をなでる) Warm smell of colitas, rising up through the air(コリスタの温かい香りが立ち上がっている)
ここで本ブログが関係するワード「Colitas(コリタス)」が出てきますが、Colitasは英語にはなく、その辺の辞書を調べても出てきません、「Wikipedia」に下記の記載が有りましたので引用させて頂きます。
Colitas:
Wikipedia
A slang term in Hispanic culture for the buttocks(ヒスパニックのスラングで尻、 臀部(でんぶ)[筆者訳])
A slang term in Mexico for the buds of the cannabis plant(メキシコのスラングで大麻草[筆者訳])
この曲が発表された当時からスラング(俗語)だと言われていたそうで、約数百以上有るといわれている大麻の呼び名の一つでしょう、 “cannabis plant”の方「大麻草」と訳して良いかと思います。
怪しい雰囲気のホテル
そして、主人公は遠くに見えたかすかな明かりをたよりに「ホテル・カリフォルニア」にたどり着き、物語は下記のように展開していきます。(歌詞の主要部分だけ抜粋して解説していきます。)
There she stood in the doorway;(女が玄関口に立っている) I heard the mission bell(礼拝の鐘が聞こえ) And I was thinking to myself,(私はふと思った) "This could be Heaven or this could be Hell"(「ここは天国か、それとも地獄か」と) Then she lit up a candle and she showed me the way(女はロウソクを灯し、案内してくれた) -中略- And she said "We are all just prisoners here, of our own device"(彼女は「私たちは自分の意志でここに囚われている」と言った) And in the master's chambers,(支配者の部屋へ、) They gathered for the feast(彼等は宴会に集まった) They stab it with their steely knives,(彼等は鋼鉄のナイフでそれを刺すが、) But they just can't kill the beast(全くその獣を殺す事が出来ないんだ) -中略- Running for the door([ホテルから抜け出す為に]ドアへ向かって走る) I had to find the passage back(私は帰り道を見つけなければならない) To the place I was before(前にいた場所へ戻る為に) "Relax, " said the night man,(「落ち着け」と夜警が言った) "We are programmed to receive.(「我々は受け入れなければならない。) You can check-out any time you like,(あなたはいつでもチェックアウトはできるが) But you can never leave! "(決してここを立ち去れない!」)
そして、エンディングへ向かう長いギターソロが流れます。
様々な解釈と作詞者のコメント
到底、普通のホテルとは思えない謎の光景やセリフが次々と出てくる歌詞は、リスナーの想像をかき立て、下記の様々な憶測を呼び評判となりました。
- 主人公は麻薬中毒で、ホテル・カリフォルニアは「カリフォルニア州立精神病院」なのでは?
- 夜警のセリフ「いつでもチェックアウトはできる」checkout (チェックアウト)もまたスラングで「死ぬ」の意味があり、「死ぬまで逃れられない」の意味か?
- beast(ビースト)も「ヘロイン」、「LSD」を意味するスラングなので、「ドラッグを(止めたくても)やめることはできない」と暗示している?
- 歌詞の中には悪魔崇拝的な儀式も臭わせるシーンから、オカルト世界を表している
イーグルスのメンバーで、この歌を作詞・作曲したドン・ヘンリーは2007年9月11日の英デイリー・メール紙で、「幾つかのこの曲の歌詞の拡大解釈には大変驚かされ続けている。この歌詞の内容はアメリカ文化の度を越した不品行と私達の知合いだった女の子達についてだった。しかし芸術と商業主義との危ういバランスについてでもあった。」と、歌詞の拡大解釈に戸惑っているようなコメントを残していますので、ここから歌詞の暗示を読み解いてみましょう。
「そのようなスピリットは1969年以来ありません」
歌詞の中には次の奇妙なやりとりが出てきます。
So I called up the Captain,(私は給仕長を呼び) "Please bring me my wine"(「ワインを持ってきてれ」と言った) He said, "We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine"(彼は「ここには1969年以降そのようなスピリットはおいておりません」と答えた)
「wine」をオーダーしたのに「spirit(蒸留酒)」は無いとすれ違った返答をする給仕長、しかも「1969年以来」と謎の年代が出てきます。
spirit は「蒸留酒」の他に「精神、魂」の意味もありますね。
そして、ロックで1969年と言えば、その年8月に行われたウッドストックのロックコンサートで、若者がエネルギーを解き放つようにして行われ、ピーク時は約40万人が集まったといわれる伝説的なロック・イベントがありました。
しかし、これ以降ロック界はアーティストのspirit(魂)の表現よりも、如何に大衆に好まれ、マネーを生み出す産業に成るかという商業主義へ転向していくので、まるでロック界は「1969年以来、魂を失った」と揶揄している様です。「芸術と商業主義との危ういバランスについてでもあった。」というドン・ヘンリーのコメントが思い出されますね。
「アメリカ文化の度を越した不品行」は何を指すのか?
「コリスタの温かい香りが立ち上がっている」とは、まるで1960年代にヒッピーと称される若者達が起こした、古い価値観やキリスト教的な伝統文化に対抗(カウンター)し、開放的で自由な独自の文化(カルチャー)を創造してくムーブメント、「カウンターカルチャー」にアメリカ社会が巻き込まれていく様子を暗示し、“コリタス”はマリファナを愛用したヒッピー達を象徴している様でもあります。
彼等は国家や既存社会に従順に活きる事を拒み、時にはベトナム戦争反対運動、男女平等、環境運動、各種差別の廃止など政治的な取り組みが盛り上がります、ロックはそんな彼等の魂を表現する方法としては最適だったのでしょう。
しかし、社会からの自由、新しいライフスタイルを求めさまよう彼等は、非常に快楽主義であり、自堕落な生活を送り、頽廃的な行動に陥っていきます。歌詞からドン・ヘンリーのコメント「私達の知合いだった女の子達」を思わせるシーンを抜き出してみましょう。
She got a lot of pretty, pretty boys she calls friends(彼女にはたくさんの“かわいい男達”がいて、[彼等を]“友達”と呼んでいた) How they dance in the courtyard, sweet summer sweat.(彼らは中庭で、甘い夏の汗を流し踊る) Some dance to remember, some dance to forget(思い出のために踊る者、忘れるために踊る者) [筆者注:作詞者の詩的センスにより、露骨な表現を避け“dance”としているのかなと思います]
結局、若者達のムーブメントではベトナム戦争を止められず、それどころか、「アメリカ文化の度を越した不品行」は社会から嫌悪感を抱かれ、ヒッピー達は排除され、やがて衰退していきます。 この曲の気怠いメロディーと共に漂う失望感はそんな60年代の虚しさを表現しているようです。
ヒッピーとマリファナ
ヒッピー・ムーブメントが『大麻』のイメージに与えた影響はかなり大きいと思います。
この関係性については稿を改めて詳細に取上げたいと思いますが、宗教や文化の多様性を求め、特に東洋神秘に惹かれたヒッピー等は魂の覚醒を得る秘儀的な“霊薬”として様々なドラッグを使用しました。
その“霊薬”は、“フリーセックス”という乱交で高揚を得るため、またヒッピー同士の共感を作るため、など様々な場面で乱用され、ある者は小遣い稼ぎの為にディーラーをはじめ、売買によるトラブルが多発したりするので、彼等のいる地域はまさに「ドラッグ汚染」されていきます。
そんな彼等がドラッグ解禁を積極的に唱えました。そして、その解禁を求めたドラッグの中にマリファナも含まれているので、それが今日の大麻解禁運動がなにやら反社会的で「いかがわしい」等のイメージ残っている原因の一つなのではないかと思います。
ドン・ヘンリーの求めた「魂」は・・・・
さて、「ホテル・カリフォルニア」がリリースされてから約半世紀を迎えようとする現在の音楽業界は、テクノロジーの進歩等により、格段にグレートアップした楽器や機材を手にし、音楽理論や演奏テクニックはあの頃よりも進んだ環境にありますが、ドン・ヘンリーが求めた「魂」表現は取り戻せているのか・・・・等、歌詞を見ながらあなた流の解釈をいろいろと考えてみるのも面白いかも知れませんね。
いつか、久々にセッションバーへ訪れ「ホテカリ!」と声がかかったとき、わたしはどんな心境で弾いているのか・・・・。