『命がけの証言』損なわれた報道の自由とタブーを破るチカラ

「命がけの証言」と「ウイグル人という罪」の写真 メディア報道の検証

 前回《清水ともみ著『命がけの証言』に込められたウイグル人のメッセージ》では、『命がけの証言』(2021年1月出版)に込められたウイグル人から日本人へのメッセージについて紹介しましたが、
 なぜ日本では、中華人民共和国による大規模かつ非人道きわまりないジェノサイド問題について、あまり語られることがないのでしょうか?
 たとえば今(2022年10月現在)テレビでは連日、ロシアのウクライナ侵攻や、世界家庭統一連合(旧統一教会)問題について、被害内容や被害者の声を伝えてくれていますが、もし同様にウイグル人被害者の声をテレビや新聞で取り上げてくれたら、もっと国民の話題の中に取り込まれ、問題意識も高まっていたと思います。

 今回もう一度、本書を参考にこの理由を知る事が出来るところを紹介したいと思います。

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失われている報道の自由

 本書の序章には著者:清水ともみ氏と内モンゴル出身で静岡大学人文社会科学部教授の楊海英氏との対談が収録されていますが、両氏は日本のマスメディアについてたびたび「日本のマスコミの一部には、中国に遠慮している人たちがいます。」「メディアの忖度もひどい。」「もう異常とすら言えます。」などと非難されています。
緑太字は『命がけの証言』と『ウイグル人という罪 ─中国による民族浄化の真実─ 』からの引用です)

メディアが抱えている事情

 その「メディアの忖度」がどれ程のものなのか?一部を紹介します。

清水 ~ 私のところにテレビ局や新聞社の取材があっても、結局、放送や掲載はされないことがとても多いです。最近で一番ひどかったのは、私がテレビで証言してくれるウイグル人を連れて現場に行ったら、取材がなくなっていたんです。当日のドタキャンですよ、信じられません。

楊 二〇一六年の文化大革命五十周年の時に、テレビからの取材の依頼があり、中国の問題について話しました。ところが放送日にテレビをつけると別の放送に変わっていた。特に突発的な事件がその日の朝、あったわけでもない。上層部からの指令が急にあったんでしょうかね(苦笑)。

 たしかに、幅広くさまざまな情報を収集し、公平な立場で届けてくれていると思っていた大手マスメディアが、中華人民共和国の不都合と思われる内容に関しては、取材を拒否したり、報道しなかったり、尋常ならぬ忖度の様子がみられます。

ウイグル問題という「売れないテーマ」

 これでは私たち国民の知る機会が奪われているので、なるほどウイグルジェノサイド問題に関しても認知度が一向に高くならないのも頷けますが、なぜこれ程まで忖度しなければいけないのか?

 ちょうどメディアの事情がうかがえる内容の文を、清水ともみ氏の別著『ウイグル人という罪 ─中国による民族浄化の真実─ 』(2021年9月出版)の共著者・福島香織氏が寄稿されてたので紹介します。

著者プロフィール:福島香織(ふくしまかおり)

ジャーナリスト、中国ウォッチャー、文筆家。1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、1991年、産経新聞社に入社。上海復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。以降はフリー・ジャーナリストとして月刊誌、週刊誌に寄稿。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。~

『ウイグル人という罪 ─中国による民族浄化の真実─ 』より

商業ジャーナリズムが取り上げるには、当時はまだウイグル問題は、あまり「売れないテーマ」だともいわれていました。取材対象を危険にさらすというリスク、今後の中国取材に支障をきたすリスクもありました。だからこそ、最終的には、商業ジャーナリズムの末端にいる自分がそのリスクを引き受けて、自分で「需要」を掘り起こすしかない、と思い直しました。
(『ウイグル人という罪 ─中国による民族浄化の真実─ 』から引用)

 上記の内容から、三つの事情がみえてきます。

①取材対象を危険にさらすリスク

 まず、「取材対象を危険にさらすというリスク」という事が挙げられています。
  たしかに、かつては取材対象者の個人情報が漏れたため拉致、殺害に至った事件などもありましたので、非常に慎重にならざるを得ない問題です。
 しかし、これは清水ともみ氏と楊海英氏が語られたような「証言してくれるウイグル人を連れて現場に行ったら、取材がなくなっていた」や、「結局、放送や掲載はされない」といった対応の理由にはなりません。

②商業ジャーナリズム

 つぎに、「ウイグル問題は、あまり「売れないテーマ」だともいわれていました。」とありますが、これは”商業ジャーナリズム”というワードで言い表されている様に、情報を”商品”として扱う報道各社(本来NHKは除かれるはず)からすれば、「売れないテーマ(=商品)」は扱いたくないと思うのは当然でしょう。

 これはウイグルジェノサイド問題で無くても、いくら「権力に立ち向かう」「あらゆるタブー切り込んでいく」などと意気込んだとしても、「権力者に睨まれると存続に関わる」「大広告主には逆らえない」「国民感情に反する内容は売り上げが減る」・・・・などなど報道各社の企業としての諸事情から、無難な内容に落ち着かせたり、報道自体を控えたりされているであろう事も想像にかたくありません。

③中華人民共和国の干渉

 そして「今後の中国取材に支障をきたすリスク」ですが、もうすこし具体的に述べられているところがあるので紹介します。

2018年当時は、テレビメディアはあまりウイグル問題に積極的ではありませんでした。
大手メディアの現場の記者たちは常に中国共産党の圧力との兼ね合いの中でなんとか困難な取材を続けているのに、東京の番組プロディーサーが興味本意で報道局の頭越しに、中国の敏感なテーマに手を出すと、現場の記者たちが困る、というのが主な理由でした。

 中華人民共和国は、国籍を問わず”都合のわるい報道”を流す報道社に対して、派遣記者のビザ発給を渋ったり、取材証を発給しなかったり、いろいろと嫌がらせ(制裁)をすることはよく知られています。
 日本の産経新聞社は、文化大革命をめぐる反中報道を理由に北京支局長が国外追放処分を受け、1967年から98年までじつに31年間、中華人民共和国に記者を常駐させてもらえませんでしたが、この様な事態は報道社にとっては死活問題、”商業ジャーナリズム”の弱点をついた巧妙な”脅し”です。

 すこしはなしが変わりますが、会社の現地最高責任者は就任後、当局から(反中的な人物でないか)の思想チェックを受けたりします。
 報道社だけに限らず、中華人民共和国に進出する外国企業はすべて、このように「私たち(中華人民共和国)の思わしくない事をすると、活動できなくなりますよ」と圧力を受けていることを覚えておいてください。

敵視してはいけない、友好を妨げてはいけない

 これは『命がけの証言』や『ウイグル人という罪 ─中国による民族浄化の真実─ 』で言及されていわけではありませんが、日中国交正常化(1972年)に伴うかたちで結ばれた『日中両国政府間の記者交換に関する交換公文』は「なぜウイグルジェノサイド問題が報道されないのか?」理解する上でとても重要です。

日中覚書貿易取決めと日中政治問題に関する会談コミュニケの政治三原則

双方は1968年に双方が確認した政治三原則((1)中国敵視政策をとらない,(2)「二つの中国」をつくる陰謀に参加しない,(3)中日両国の正常な関係の回復を妨げない)および政経不可分の原則が中日関係において守らなければならない原則であり,われわれの間の関係の政治的基盤であることを確認することを重ねて明らかにするとともに,上述の原則を遵守し,この政治的基盤を守るために引き続き努力する決意であることを表明した。

外務省 外交青書|「わが外交の近況 昭和44年度(第14号)」第3部 I資料 6.その他の重要外交文書等 より

 今回は簡単に紹介しておきますと、(1)『中国敵視政策を採らない』、(3)『中日両国の正常な関係の回復を妨げない』という、相手(中華人民共和国)の主観次第で「敵視している」「正常な関係を妨げている」と言われかねない”とんでも協定”ですが、むしろ日本側に「この様な事をしたら協定に反するのではないか?」と、自らの行動を制限し、中華人民共和国のご機嫌を損なわないよう忖度するような心理的圧力を効かせる様にはたらいているのかも知れません。

 (2)の『「二つの中国」をつくる陰謀に参加しない』は「台湾は中華人民共和国の一部だから、ニッポン君、出しゃばって”台湾省”を”国家”扱いしないように」と釘を指しています、まるで”属国扱い”ですね。

 こんな協定効果あるのか?と思いますが、簡単に例を挙げれば、台湾の故・李登輝元総統、チベット仏教とチベット亡命政府の最高指導者でもあるダライ・ラマ14世、世界ウイグル会議議長のドルクン・エイサ氏など、中華人民共和国に不都合な人物が訪日しても、ほとんどのマスコミは報道しませんでした。
 清水ともみ氏が紹介されている下記マスコミ関係者側からの証言は、これまで紹介してきた事と無関係では無いことがおわかり頂けると思います。

清水 長い目で見たら、圧力に屈するのが一番の悪手なのに。以前、テレビ朝日の小松靖アナウンサーが、「ウイグル問題は我々メディアも非常に扱いにくい問題で、中国当局のチェックも入りますし、だから我々報道機関でも、ウイグル自治区のニュースを扱うのはタブーとされています」(二〇二〇年七月六日『ワイドスクランブル』)と生放送中に勇気ある発言をしました。彼はもうその番組にはいませんが。

 小松靖アナウンサーが番組をやめられた真相について知る由も有りませんが、もし彼の言うとおり「中国当局のチェック」つまり”検閲”が入っているとすれば、もはや「忖度」という表現は優しく、中華人民共和国から「干渉されている」と言った方が的確な事態です。

日本人自身が作り出している事情

 これまでマスメディアがウイグルジェノサイド問題を取り上げようとしない事情のかずかずを紹介してきましたが、最後にこれはわたしの所感ですが、外圧もさることながら、そもそもこのようなタブーと思しき事は日本人自身が自縄自縛して情報の伝達を遮っているのではないか?ということについてお話ししてみたいと思います。

 日本人が持つタブー意識

 まずは、本書のあとがきにある清水ともみ氏の言葉を紹介します。

大方のメディアにおいてウイグルは禁忌であるとことも手伝って、周囲への情報伝達は困難でした。日本で暮らしていたら、あまりにも荒唐無稽に聞こえてしまう内容だからです。皆、にわかには信じられないのです。下手すれば伝えるこちらが人間性のおかしい人になってしまう。


 ウイグル人達の受けているジェノサイドは、非人道きわまりない虐待、「強制不妊手術」「国家主導の臓器ビジネス」など・・・・「あまりにも荒唐無稽」な内容に聞こえるでしょうし、それを伝えようとする人は、たしかに「おかしい人」扱いされます(T_T)。

 でも、もし怪しいはなしだと思うのであれば、おかしな点を指摘したり、知らない事であれば調べれば良いと思いますが、「大方のメディアにおいてウイグルは禁忌であるとことも手伝って」”マスメディアが報道しないこと(=タブーと思しきテーマ)にはあまり触れない方がよい”という心理がはたらいているのか?日本ではこの問題を話題にすること事態が避けられている様に思います。

 なので、たとえ清水ともみ氏の様にこの情報を誰かに伝えようと思っても、相手の反応を想像したり、「ネットの怪しいネタを信じ込んで広めようとしている」、「知らないこと(テレビ、新聞で報道しないこと)を言いたがる、知ったかぶり」などと思われることを恐れて話し出せない。
 中華人民共和国からすれば、とても都合の良い状況を生み出しているのではないかと思います。

あとがき

 以上のとおり日本は二重、三重ワナに嵌っており、対中報道の自由が損なわれているので、メディア側の自発的発信は期待できないことがおわかり頂けたとおもいますが、日本人自身にも「話さない方(聞かない)方が良い話題(タブー)」という意識が形成されているのであれば、まずはひとりひとりその”タブーを破る”必要があると思います。

 そんなことでなにが変わるのかと思われるかも知れませんが、『命がけの証言』は、まさにタブーを破って出てきた作品でした。
 本書には著者・清水ともみ氏の、漫画で”扱いが難しい問題”をわかりやすく伝えるという”アイデア”、マスメディアに頼らずSNSを活用して広めるという”知恵”、タブーを恐れず、世間の批判を覚悟してでも実行した”勇気”、そしてそれを見て共感した多くの人々の「求める声」など、タブーを破るチカラがたくさん詰まっていると思います。

 いまのところ、日本ではタブーを破って人に話したところで「おかしい人」扱いされる程度です。
どこかの国の様に、監視、盗聴されていたり、密告されるわけでも無いし、ましてや警察に連行されたり、”再教育施設”に入れられる事も有りません。
 中華人民共和国の軍事的、資金的、人口的侵略の脅威が迫っている今日であるからこそ、(ほんとうに話したり、見たりすることが出来なくならないように)ウイグルでなにが行われているのか?なぜそんな事になったのか?私たちは何をするべきなのか?タブーを超えて話し合われるようになればと願っています。

モモ&ココ
モモ&ココ

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ウイグルの状況は、日本ウイグル協会でも知ることが出来ます。
是非訪れてみて下さい。

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